2020年03月08日

手で築く


Valencia に移ってすぐに加熱油を作り、
麻布を貼って、地塗りもした。

Xavier de Langrais の原書や Daniel V.Thompson,jr. のテンペラ技法書を読み、、
Max Doerner の混合技法はスペイン語版で勉強を始めた。

しかしすぐに
『処方が解れば絵が描ける』わけではないことを知る。


材料や道具の吟味と共に
処方が生まれる背景に興味がわく。

美術巡礼で廻った先々で美術館の修復レポートも手に入れた。
画面の分析結果はとても興味深いが、

技法は一つの体系なので、分析とは別の方向性を持つ。
手仕事の再構築こそが求めていることだった。


技術書や修復レポートは それからも増え続けたが、
いつのまにか「合ってるか間違ってるか」の発想は持たなくなっていた。

研究者になりたいわけではなかった。


posted by gomi at 14:37|

2020年03月14日

Valencia


Valencia は芸術の街だった。
美術館には15世紀バレンシアの初期油彩画がたくさんあった。

Patriarca 修道院美術館には
Dieric Bouts の「十字架降下」とともに Jan Gossaert の「この人を見よ」、

そして Ignacio Pinazo の「死せるキリスト」までもがあった。
様々な処方を試しては、美術館に通った。

稚拙に見えるバレンシア初期油彩画も勉強になった。
画面の作り方がよく分かったからだ。

El Greco も Caravaggio の絵もあった。
訪れる人もほとんどなく、専用の画学校みたいなものだった。


Alicante に住むドイツ人画家と知り合った。
無農薬の畑を作り、奥さんは糸を紡いで布を織っていた。

Hermann Hesse のことが話題になり、
「オメガ点」という出版社から出たスペイン語版のことも教えてくれた。

彼は、神秘体験をそのまま絵にしようとしていた。
それは私も試みたことがあったが、あまりにも難しかった。

山間に夕陽が沈もうとしていた。機にかかった布が染まる。

「ここは Hesse が最後に住んだところに似ている」
と彼は言って、微笑んだ。


posted by gomi at 21:20|

2020年03月26日

フランドル初期油彩画



フランドル初期油彩画の傑作は、スペインに多く残されている。

Valencia の Patriarca 美術館にある
Dieric Bouts の十字架降下祭壇画の大きなサイズのものが、
グラナダの王室礼拝堂にある。

Valencia のものはコピーだという説もあるが、
見比べてみると Valencia のものの方がはるかに質が高い。

工房で大きな祭壇画を作る際の
親方による小下絵ではないかと思えるほどだ。


当時の制作は工房仕事なので、作品の帰属は難しい。
この絵も私が見た時は Van der Weyden に帰属されていた。

確かに色の深みは Dieric Bouts より Weyden に近いと思える。

Dieric Bouts は Van der Weyden の工房にいたと推測されている。
 Van der Weyden は Van Eyck の影響を受けている。


Van Eyck は Valencia に来たとも言われている。
その風景からイェルサレムを想い『神秘の子羊祭壇画』に描き込んだという。

Valencia はフランドル初期油彩画家の影響の下にあった。

そして Patriarca 美術館十字架降下図の深い色味に魅せられた。


posted by gomi at 06:05|