2020年10月03日

額装


眼がかすむようになり、
病院に行くと栄養失調だと言われた。

スペインでの労働許可をベルギーのものに変えるために、
ブリュッセルとマヨルカ島を行き来することが続いた。

まだEUになる前のことだった。


ブリュッセルには大きな画材店がある。
原材料が手にはいる昔ながらの塗料店もあった。

仕事の材料入手には困らなくなった。

画材店の額縁部門に一人、感性の鋭い人がいた。
経験が豊富で、扱う素材の製品番号もすべて頭に入っている。

王立美術館での模写の額装を頼んだ。
装飾学校を出ている彼は、自ら塗装を施してくれた。

結局20年近い付き合いとなり、
深い信頼関係が生まれた。


額装の確認のために、病院から電話をくれた。
その後、入院した彼には告げず私は帰国してしまう。

彼から教わったことは計り知れない。


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2020年10月17日

光に包まれた人


光に包まれた人に会った。
人生を知った貴族の女性だった。


あなたは、
これからもっともっと良い絵を描くでしょう。

けれど。
もっともっと困難な道を行くことになるでしょう。


お茶の時間を共にしてほしいと言われ、
世界各地の美術の話をした。

彼女のコレクションの中に
ブラックトップの土器があったのに驚いた。

日本では紅型の型紙を集めたという。


彼女の依頼で日本の首相夫人に
王立美術館を案内したことがある。

美術を志したことがあるというその人は、
専門的な技法の解説を喜んで聴いてくださった。


転居することになった気高い人を
最後に水彩でスケッチした。

「ここに私がいます」
「この絵はあなたが持っていて下さい」

「そして、ときどき私を想いだしてほしい」


posted by gomi at 15:33|

2020年11月22日

写真と絵


自然の中で光は多方向に反射している。

フィルターなどで整理することもできるし、
自分で光を選択することもできる。

表現において、工程が複雑になると
心情から離れるように思えるが、

制約があるゆえに
生まれる自由というものもある。


善養寺康之氏の写真を見た時、
写真にも内面の光が射すことを知った。

日本でも、スペインでも、ベルギーでも
善養寺さんの花の写真はアトリエで共にあった。


善養寺さんは亡くなられたが、日本に帰ってから
奥様と知り合う機会を得た。時折お便りをいただく。

ご主人の写真のカードに、
奥様ご自身の絵のカードが添えられている。

その柔らかな光の絵が素晴らしい。
そして全然、写真的ではない。


写真は写真だし、絵は絵だと思う。


posted by gomi at 15:49|

2020年12月11日

今井雅子展


東京京橋の
ギャルリー・コパンダールで、

函館出身の画家、
今井雅子さんの個展が開かれている。
(14日まで)

絹下地に箔を用いた油彩画で、おおらかで深い。
色使いが一段と繊細になった。


この画家のことは40年前から知っている。
私の方が早く勉強を始めたので、「先生」と呼ばれている。

個性は普遍の上に成り立つ。
基本を勉強すればするほど、画家独自の絵になる。


今井さんは今井さんになるために絵を描き、
私は私になるために絵を描く。

その姿勢に信頼が生まれる。

40年前、
ゼミを持ってよかった。


posted by gomi at 13:54|

2021年04月18日

ヤン・ヴァン・リュースブルック


『緑の谷』で観想生活を送った Jan van Ruusbroec
ヤン・ヴァン・リュースブルック 1293〜1381 は、

中世フラマン語 (フランドルの言葉)で著作を残した。
邦訳が手元にある。

『中世思想原典集成』17巻 柴田健策 訳 平凡社 1992年
『キリスト教神秘主義著作集』9 植田兼義 訳 教文館 1995年
『ルースブルックの神秘の書』 ヨハネ・ウマンス 訳 南窓社 1997年

こうして見ると、まさに緑の谷を見下ろす丘に住み、
リュースブルックに関心を持ったころ、立て続けに出版されたのがわかる。

日本から順次取り寄せて、夢中になって読んだ。


少年の頃「光の体験」をしてから、神秘主義は遠くない場所にあった。
しかし、この純粋な信仰の書を
わずかでも理解できると言ってしまって良いものだろうか?

あまりにも畏れ多い気がする。
信仰そのものと、信仰に基づいた芸術との違いを考えることになった。


ファン・アイクの『神秘の子羊祭壇画』があるゲント生まれの
『青い鳥』の作者  マーテルリンクは、
リュースブルックの著作をフランス語に訳した。


posted by gomi at 11:36|