2020年09月25日

王立美術館


ブリュッセルの王立美術館で
模写を始めた。

卒業制作のつもりだった。

Jan Gossaert と同時代と思われる、
作者不詳の絵を描き始めた。

描いている途中で美術館の修復家に声をかけられた。
「どこで習ったのか」と。

「美術館で絵を見て、修復レポートを読んだ」と答えた。
それ以降、親しく話をしてくれるようになった。

一般的に言われていることと、
私の考えとの違いについてどう思うかを尋ねた。

総て "possible" と答えてくれた。


家に来てくれというので訪ねると、
「描いた絵を見てほしい」と言われた。

「本当は絵描きになりたかった。
この絵を見て率直な感想を言ってほしい」

一部古典技法を採り入れた、
優しく愛らしい絵だった。

「私は好きだ」と言うと、
はにかんだような笑みを見せた。


posted by gomi at 14:36|

2020年06月09日

修業期間


日本に帰ってしばらくすると、
原材料が手に入る、当時唯一の画材店、

浦崎画材店の浦崎武彦さんに頼まれて
Rogier van der weyden の模写と制作工程を発表した。

そのことがきっかけとなり、
古典油彩画技法の勉強過程を教えることが始まった。

自分自身が山ほどの課題を抱えている中で。


いわば夢を共有する形のゼミナールに、
人が集まってくれた。

その中の何人かとは、今も共に勉強を続けている。
函館出身の画家、今井雅子さんもその一人だ。

小さな教室の形にもなり、
生徒さんを中心にして「絵画技法研究会」が発足する。


多くの人々が方法論を実践してくれたおかげで、
技法の可能性が広がった。

私自身の勉強も深まるのだが、
修業中であるがゆえに自作発表はせず、

プラド美術館にあった Jan Gossaert による聖母子像の
画面効果を再現することに力を注いだ。


posted by gomi at 11:33|

2020年06月02日

10年


Valencia での数年間は、
修業方法を見出しただけだった。

初期油彩画技法再現のきっかけをつかんだとしても、
これから

膨大な資料を読み込み、処方を実践し、
デッサンを重ねて、

夢見た自分の制作につなげていかなくてはならない。
構造のある色と線の重なりへ。

本当の修業はこれからだとわかった。


一体何年かかるだろう。
注目している色彩論と顔料の選択の課題もある。

手仕事の修業であれば最低でも10年はかかる。
せめてその10年は生きさせてほしい。

Valencia のカテドラルの前で、水色の空を見上げて祈った。


地中海は描けなかった。
光も色も溢れていたのに。


生活はとっくに行き詰っていた。日本に帰るしかない。
1979年。絵を始めてから10年。

さらにゆっくりと進むしかないことを覚悟した。


posted by gomi at 12:16|