2021年08月18日

詩人の生地


ゲルマン人にもキリスト教は伝わっていた。
フランク王はローマのカトリックを受け入れたという。

6世紀、トゥールの司教グレゴリウスの『フランク史』に、

「森や泉や鳥や獣やその他のものから偶像を作り、
それらを神として崇拝し、またそれに犠牲を捧げる習慣であった」とある。
(東海大学古典叢書)

ゲルマンの汎神性は残り続けたのだろうか。


7世紀、ケルト系のキリスト教が入ってくる。

アイルランド修道士の影響を受けた 聖アマン(St. Amands)が、
スヘルデ川を遡上しながら修道院を開いていく。

汎神性のゲルマンとケルト。
その混成地帯に重なるキリスト教。


スヘルデ川を描きたいと思って、アントワープとゲントの間の街
St. Amands に友人と出かけて行った。

川が大きく湾曲した船着き場で、
我を忘れてスケッチをした。

描き疲れて川岸を少し歩くと、銅像が立っている。
銘板を見ると、

Emile Verhaeren エミール・ヴェルハーレン
高村光太郎が愛し訳した詩人は、St. Amands の生まれだった。


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2021年10月07日

「高原」


今夏、千曲川を描きたくて中山道の塩名田宿に行った。
終戦後、ここで片山敏彦が数年間暮らしていた。

浅間山と蓼科山が望める場所で、
浅科とも呼ばれている。

片山は塩名田にいたとき、信濃追分の堀辰雄らと
雑誌『高原」を発刊する。

資質の違いは有るものの、精神の清澄さを持つこの二人が、
共に在ったことが奇跡のようだ。


「高原」第6号に遠藤周作が『堀辰雄論』を寄せている。

『風立ちぬ』について、
「此の全篇を神秘的雰圍氣が支へてゐる」と書く。

この一文を読んだ時、夢中になって堀辰雄を読んだ感覚がよみがえった。
あの神秘的な香りは中学生の私にとって衝撃だった。

汎神論とキリスト教が重なって見える風景。
片山敏彦からも感じられる。


「高原」は10号をもって終わる。
堀の病気と片山の帰京が続いたゆえだという。

第9号のロマン・ロラン特輯号にはパリから
高田博厚も寄稿している。

その号の表紙は、画家でもある片山敏彦の絵だった。


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2022年05月20日

二つの庭


フランドルに住んでいた頃は、
夏になると芝刈りが日課になっていた。

ガラスハウスでのブドウ栽培が盛んだった丘で、
残ったハウスの一つを借りて日本野菜を作った。

庭の真ん中に大きなサクランボの木があり、
春にはたくさん花をつけた。

ソワーニュの森が見え、
リュースブルックが住んだ「緑の谷」からの流れが丘の下にあった。


今は、浅間山の火砕流の上にできた雑木林に居る。
葉が落ちると八ヶ岳が見える。

ズミ(コリンゴ)、ウワミズザクラ、ツリバナの花が咲き、
まもなくコナラやクリ、ケヤキの葉が繁るだろう。

火砕流先端の下に川が流れ、
対岸には縄文遺跡がある。

振り返って少し上がれば浅間(あさま)神社があり、
室町時代の美しい社殿が格納されている。

ここには西と東をつなぐ東山道が通っていた。


春の山菜や 秋のクリやキノコ。
実生のリンゴの木がゆっくりと育っている。


posted by gomi at 10:21|